そういえば義援金がどのように使用されようとしている、あるいは使われたのだろう
政府や東電を責める声、被災者の現状を伝える情報はあるけれど
募金の話もあるけれど
どのように役だっているのかはまるで伝えられていない
募金も含め、政府の援助も含めて、一体集まったお金はどうなっているのか。
お金があっても働く人がいなければ、意味が無い。
人手は足りているのか。
その人々が使う道具は足りているのか。
そういうことが伝えられれば、そういう事を上手く一つの話題としてメディアが取り扱えば、メディアが世の中の流れを良い意味で補助して復興のスピードもあがるだろうし、メディアは趣味や興味といった欲を満たすためのものから、生産性を向上させるための情報源として役割を変えられると思うけれども、、、
馬罵雑言は気分が悪くなるだけで何の役にも立たない
昨年の秋も思ったけど、季節が一月遅れてるな
寒いと思ったら、雪もふってきた。
地震もまだまだだし、ちょっと不安定な感じだ。
夏は来ないんじゃないか?ってさえ思えてくる
千葉に住んでいる方と、一緒に昼食を取る機械があったけれども
向こうは大変なようだ
夜中に地震は起きるし、夜に電気が使えず。
あたりいったいが真っ暗で小さい子供は不安がっている
とりあえず自分の周りは平気だけども、夏になったらどうなるんだろうな
別に評論家でもないし、学のある人間でもないのでたいしたことは何もいえないけれども。
イギリスの新聞紙に一面いっぱいに日本を励ます記事が掲載されたそう。
日本の新聞社も、このように紳士で、また、粋で、人々に活力を与える記事を発信してほしいと思う。
単に情報を右から左に流すなら、似たような情報ならいくらでもあるのだからあまり価値は感じない。
情報が価値あるものであるための基本は、それが役に立つということで、今現在のニュースは、現況を知らせるという意味では、役割を果たしているけれども、それが様々な行動を助けるという段階には達していない。
被災地の人たちがそのニュースを見たときに、どのように行動すればよいか、判断できる情報を、各メディアは発信していくべきではないのかな、と、ふと思う。
メディアのあり方は今のままでいいのかな。
メディアは、メディアにかかわる人々は、自分たちの役割をどの程度果たしていると、考えているんだろう。
京急沿線品川付近って墓が多いのな
学舎裏が墓だらけって、さぞかし怪談で盛り上がるんだろうなあ
本屋でASP.NET本を何気なくとってみたら、思ったよりも多機能であることに気が付いた。いまさら。
まったくコーディングはしていないので、おいてかれそうなかんじ。本を買おうか。
コンポーネントの数がものすごいな。
まだ、改善の余地はあるけれども、ビジネスソフトウェアなら大抵の要求をこなせそうだ。
4.0からはチャートも加わったし。
ところでJavaはどこにいったんだ?
VisualStudio2008で、WPFアプリケーションを作成しようとしたら、DataGridが無かった。
WPFはまだ発展途上のようで、.net 3.0から搭載されたが、DataGridはこのバージョンには搭載されていない。
4.0から新しいコントロールとして、DataGridが追加された。
データバインディングもそうっぽい。
かわりに、WPFToolKitなるものがMicrosoftのオープンソースサイトのCodeplexに公開されている。
サポートは不明だけれども、とにかく使えるようにはなっていて、ソースコードも公開されているので、いざとなったら自分で直すこともできる。
DownloadしてInstallするだけで使用できた。
Calendarも使えるみたい。
しかしVisualStudio重い。。。
すっかりブログを忘れてた
最近、ニコニコアプリの僕らのサーガを始めてはまりぎみになっています
やることを決めて待っているだけのゲームですが中々楽しい
何だかずうっと眺めてしまって時間がどんどんなくなっていく、、、
PowerShell
一般に使われているんだか、良くわからない、Windowsの次世代シェル。.netべーすで.net frameworkのクラスライブラリが使用できる
データ型
基本的に.netと同様。文字列も数値もオブジェクトとなる様子。
PS C:\demo> echo "a".length
1
echoは、コンソールに出力するシェルのコマンドとでも考えてもらうとして、"a"は、Stringのクラスのインスタンスなので、
String.Lengthが呼び出されている。
コマンドレット
Powershellでのコマンドのこと。
一般のシェルのコマンドは、ビルトインコマンドと呼ばれる組み込みコマンドとして提供されるか、実行可能ファイルとして提供されコマンドのようにそのファイルが実行されるかのどちらかであるのに対し、
PowerShellでは、.net frameworkのクラス・インスタンスとして提供されるものがコマンドレットとよばれる。
実行可能ファイルをコマンドのように扱うこともできる様子。
ただし結果の取り扱いがコマンドレットとは変わって特殊になる。
コマンドレットの実行結果
実行結果はオブジェクト。
例えば、
PS C:\demo> ls
ディレクトリ: C:\demo
Mode LastWriteTime Length Name
---- ------------- ------ ----
d---- 2008/12/28 2:04 folder1
d---- 2008/12/28 2:04 folder2
結果として出力された、folder1,2の各行はオブジェクトで、Mode, LastWriteTime, Length, Nameは、そのプロパティとなる。
後述のパイプやリダイレクトが無いので、結果オブジェクトはコンソールに表示されている。
プロパティを参照して、更に処理を行いたいなら、パイプを使ってオブジェクトを受け取る必要がある。
オブジェクトなので、変数に受け取れる。
$a = ls
lsは、ファイルリストを返すコマンドレット。こんなこともできる。
PS C:\demo> $a = ls
PS C:\demo> $a
Mode LastWriteTime Length Name
---- ------------- ------ ----
d---- 2008/12/28 2:04 folder1
d---- 2008/12/28 2:04 folder2
パイプ
パイプを使用することで、結果のオブジェクトを別のコマンドレットに渡せる。
以下は、lsが返した結果の各オブジェクトに対して、echo object.modeを実行する。
PS C:\demo> ls | foreach { echo $_.mode }
Mode
----
d----
d----
foreachは、入力オブジェクトそれぞれに対してスクリプトブロックを実行するコマンドレット。
{}は、スクリプトブロック。
$_は、テンポラリ変数で、現在の操作対象となっているオブジェクトが格納されていて、
$_.nameは、オブジェクトのnameプロパティを参照している。
echoは、引数を結果として出力するコマンドレット。
ここでは、nameプロパティは、Stringのオブジェトを持っているので、
こんなこともできる。
PS C:\demo> ls | foreach { echo $_.mode.substring(0,1) }
d
d
リダイレクト
<>などは当然のように使用できる。
エイリアス
コマンドレットには別名をつけることができる。
例えば、前述のlsなどは、正しいコマンドレットはGet-ChildItemで、unixユーザなどでも扱いやすい用に、lsという名称がセットされているみたい。
使用できるコマンドレット
Get-Command(aliasはgcm)で参照できる。
とってもよく使いそうなレット
echo ... 引数のオブジェクトを結果として返す。
where ... grepみたいなもの。スクリプトブロックに記述された判定条件で真となったものが抽出される。
select ... cutみたいなもの。引数に指定されたプロパティだけが抽出されたカスタムオブジェクトが結果に引き渡される。
foreach ... 入力オブジェクトそれぞれに対してスクリプトブロックに記述された操作を実行する。
美の巨人で下村観山作の小倉山を紹介していた。
左右結びつかないその屏風を、その家系から能の舞台にたとえて解説していたけれども、
単純に自分はストーリーを連想した。
左右はどちらかといえば上下に見える。
映画のシーンのように、何も無い空間と、そこから対象に向かってカメラが流れるように。
或いは、直接的につながらないカットを並べて、物語を語るような。
導入と上空を表す左の屏風から。
メインストーリーを描き出す右の屏風へ。
左の屏風から右の屏風を見ても。右の屏風から左を見ても。
どちらからでも物語が感じ取れる。
絵やデザインの手法で、何も無い空間を用意することで、無の空間に何かを感じさせるものがあったと思うけれども、
それもまた感じてしまう。
TVが語った屏風の世界に吸い込まれる、は、物語の中に入ってしまったからのように思える。
本当にあれは能からとったものなんだろうか。
、、、よくよく思い返せば、TVの中で美術家がそうだと言い切ったわけでもなかった。
。。。そか。
ニコニコ動画で、toeの孤独の発明を二人で演奏する動画を見てからエレクトロニカとかポストロックの類がハマり始めた
それまでもradioheadとかが気になったりしてたから(radioheadはロックに分類されると思うけど)その気はあったけども、今まではタイトルやアーティストを知らなかったから、そのジャンルを聴きはじめるという事がなかった
toeのthe bookとかいうのと、mumのfinally we are no one。
toeの最初のラップっぽいのはちょっと好きになれないけども、大体期待に答えるグレーな光景が目に浮かぶ
mumはヤバかった。期待以上
誰かが神がかってるといっていたけどその通りだと思う
聴いた直後に他も買いたくなってしまった
ビョークといい、アイスランド、すごいな
すごいよな。とてもアマチュアのレベルじゃない。
音も、詩も。
前向きに前向きにって、そればかりじゃきっとパタンって倒れてしまう
だからって後ろ向きすぎるのも考え物だけど
バランスをとっていくって、コントロールをとっていくっていうのなら、何だか人間じゃないみたいだ
だから何だか運とか、流れとかそんなんかのかなって
思ったり
最近小説よんでいない
漫画かレンタルの映画位
そういえばこの土日で深夜に映画をやっていた
あの日の指輪をまつ君へ、だったか
一生愛し続けると誓ってしまいそれにしばられてしまった女性とその友人らの物語
まあまあ面白かった
最後に二人は幸せな方向に向かったみたいだけど、チャックはかわいそうなままだったな
そっちのほうを掘り下げたらまた別のテーマになるけど面白くはなりそうだ
こういうのを見たりするのも体調悪い一因か
体の調子が悪い
原因は過労気味であるせいで、調整とかを怠った自分の性
にしてももうちょい融通きかせろよと、思ったり
去年に引き続き今年も夏休みないけど、どこかでまとめて休みを取りたい
3Dグラフィックスはいまだに良くわからない。
まったく集中していないのも一因とおもうけど。後数学は苦手だし。
座標系について、ちょっとわかったこと。
ワールド座標系は、前からわかってるつもりでいる。
全体3D空間中のオブジェクトの座標位置みたいなもの。
座標そのものは、x,y,zの3つの数値により表される。
それぞれの数値は、-1.0f~1.0fで表現するのが、普通らしい?
二つ以上の値を持つ集合は、数学的にベクトルと呼ばれる。
だから、ワールド座標の一地点を表すxyzの集合値もベクトルとして表現できる。
DirectXのコードも、ベクトルの名を冠したD3DXVECTOR3にて表現する。
D3DXVECTOR3 vector( 1.0f, 1.0f, 1.0f );
3Dグラフィックスでは、カメラを特定の位置に向けてそのカメラに写ったイメージをスクリーンに映し出す。
で、カメラからみた座標系の中での、物体の位置を表現するための概念として、ビュー座標というものが存在する。
3D空間に配置されたオブジェクトを、実際のスクリーンに映し出すには、2Dの平面に映し出された射影を取り出す必要があるが、これを行うための変換操作を射影(プロジェクション)トランスフォームとよぶ。
この変換によって、作り出された座標を示す名前がまたあって、これをプロジェクション座標と呼ぶ。
プロジェクション座標までは、-1.0f~1.0f等の数値で空間は表現される。
プロジェクション座標によって、2D空間にオブジェクトが映し出されているが、これを物理的にスクリーンに映し出すために、さらに変換が必要になる。具体的には、-1.0f~1.0fの空間表現を、実際のpixelによる空間表現に変換するための操作。
このときの変換が、スクリーン座標変換と呼ばれる。
面倒くさい。面倒くさい。
今日は仕事は半分お休み
夕方の会議に顔出して終わり
何だか秋めいて来てアンニュイな気分になってくる
久しぶりにイラストなんか書いてみたいけれども、昔買ったタブレットはまだ使えるんだろうか
win95用に買ったやつだから無理だろうか
外貨預金をはじめだしたらやたら為替レートが気になりだした
今日アメリカドルが一気に上がった
介入が行われたみたいだ
タイミングはよかったんじゃないだろうか
継続して実行しているのは好感色
そんだけしなきゃ円高の歯止めにはなんないだろう
休み
久しぶりの連休
夏期休暇は全くとれなかったので、ありがたい
疲れた
久しぶりに実家戻りたいけれど
混んでそうだしな
そろそろ涼しくなってきたし
あきふくとか、どうしようか
他人には小さな問題でも悩んでいる人がいる
痛みとか、辛さとか
全て感情を伴うものの問題の大きさは相対的で
軽々しく、笑えるものではなくて
また同感出来るものでもないし
また理解していてそれもありなしといえるものでも
ない
だからといって関わらないでいるのも
単に成熟したようなスタイルをとっているに過ぎないし
皆大変だと理解しようとすることさえ
無理に整えたスタイル
或いは無関心の、冷たさの表れ
でも多分、一部の本当に体験した人に関して、それらはあてはまらないこともある
或いは本当に理解しようとしている人
そういう人もいる
善とか偽善とか
いいだしたら多分偽善しか残らない
多分そんなこと言い出すのは、小さな事から打算や損得が見えない人に触れる機会が少なかったか
それが見えてしまう子供であったか
そう見えてしまうようになってしまったか
だから偽善かそうでないかにこだわる
救いのない言葉をちらばしたって何も変わらない
自分が変われば変わっていく
少し変わればそれは少しずつ伝播していく
そして今この場でも少しずつ影響を受けている
どうしたらいいかわからんな
寂しくなる
わからんのか
わかるのか
周りが眩しい
今更ながらに思うけど東京周辺の子供らは本当に夜遅くな
自分が小さな頃は6時を超えたらほとんど家の中で9時には寝てた
隣の部屋では0時を過ぎまだどたばたしてる
今の部屋は住み始めて10年以上たつ
昔にいた管理人さん代理みたいな人も引越してしまって今では一番古くから住んでる住人らしい
人の入れ替わりわりは結構激しいもので大体一年位で皆引越していく
良いところだとは思うけどもっと新しくて良いところはあるんだろう
ここを出て新しい所にすみたいとは思っている
次に住むならなんだろう
ちんまりと小綺麗なそんな部屋がいい